習志野市で活動する人の横顔や思いを伝える連載企画「それいけ!習志野」。今回話を聞いたのは、東邦大学理学部生命圏環境科学科教授の朝倉暁生さん。専門は環境計画。自治体の環境基本計画作りや住民参加の仕組み作りに長年携わり、現在も地域に関わりながら、教育とまちづくりの接点を見つめ続けている。
取材の中で何度も出てきたのは、「環境は我慢で語る時代ではない」という言葉と、「0.1%の壁」という印象的なフレーズだった。行政の制度だけでは届かない人たちに、どうすれば地域への関心を広げられるのか。習志野という街が持つ可能性について、話を聞いた。
プロフィール
朝倉暁生(あさくら・あけお)さん。神奈川県平塚市出身。電気通信大学卒業後、東京工業大学大学院(現・東京科学大学大学院)で社会工学を学ぶ。専門は環境計画、環境教育、合意形成。江戸川大学を経て、東邦大学理学部生命圏環境科学科に着任。習志野市内の審議会活動などにも関わり、地域と大学をつなぐ役割を担っている。
――まず、これまでの歩みを教えてください。
もともとはプログラミングやシステム開発など、いわゆるシステム系の勉強をしていました。ただ、その技術を社会課題の解決に使えないか、と考えるようになったんです。中でも一番関心があったのが環境問題でした。
そこで大学院では社会工学に進みました。環境教育や都市計画の流れをくむ「環境計画」という分野に出合って、どうしたら計画的に環境を良くしていけるのか、自治体や地域社会の中で考えるようになりました。
ちょうど1990年代に入って、自治体でも環境基本計画作りが本格化していった時期でした。若いころから、都道府県や市町村の計画作りに関わる機会を頂いて、それが今の原点になっています。
――研究と地域との関わりは、どのように広がっていったのでしょうか。
前職では柏や流山を中心に、さまざまな行政計画に関わってきました。2005(平成17)年に東邦大学に移ってきた時も、大学の中だけで研究や教育をするのではなく、せっかくこの地域に来たのだから、船橋や習志野でもいろいろな活動に参加したいと思ったんです。
東邦大学の学科自体も、いわゆる文理融合型というか、分野をまたいで考える学科なので、地域の課題に向き合うにはとても相性が良かった。研究と実践を行ったり来たりしながら、地域の中で顔の見える関係を作っていきたい、という思いはずっとあります。
東邦大学
――長く向き合ってきたテーマの一つが、「0.1%の壁」だそうですね。
はい。自治体で計画を作る時って、住民説明会やパブリックコメントなど、参加の仕組みは用意されるんです。でも、実際にそこへ来てくれたり、意見を寄せてくれたりする人は本当に一部なんですよね。
感覚的には、地域全体の0.1%くらいしか届いていないのではないか、と思うこともありました。しかも、その0.1%の前に、そもそも計画があること自体を知らない人が大半です。制度としては「参加できます」となっていても、残りの99.9%には届いていない。その現実をずっと見てきました。
やっぱり、環境に関心のある人だけに向けて話をしていても、広がりは限られるんです。そこをどう超えるかが、当時の題でした。
――その壁を越えるヒントは、どこにありましたか。
前職時代に、柏のジャズイベントに学生と関わった経験が大きかったですね。記録映像の撮影をしたり、会場のミニFMやごみ分別のブースを運営したりしました。子どもたちが来たら「それはこっちだよ」と声をかけて、来場者の方と自然に会話が生まれるんです。
その時に強く感じたのが、「環境×音楽」とか、「環境×イベント」といった掛け合わせの力でした。環境だけを正面から語ると届かない人たちにも、音楽やアートのような入り口があると入ってきてもらえる。行政の固い仕組みと、イベントの柔らかい仕掛けをどう組み合わせるか。それがないと、0.1%は超えられないと思いました。
環境問題って、正しさだけでは人は動かないところがあるんです。楽しいとか、関わってみたいとか、この場にいたいとか、そういう感覚がとても大事なんだと思います。
朝倉さんが取り組んでいる「環境研究」
――その延長線上に、今の習志野市への視点もあるのでしょうか。
そうですね。環境問題は、もう「我慢」や「意識」だけで語る時代ではないと思っています。節電しなさい、我慢しなさい、では長くは続きません。これから大事なのは、環境負荷が低いことが無理なく暮らしの中に組み込まれているかどうか。つまり「ライフスタイル」として成立しているか、ということです。
便利さや豊かさを損なわずに、低エネルギーで、低環境負荷で暮らせること。そのためには、暮らし方そのものをどう設計するかが大事になってきます。
――その意味で、習志野市には可能性があると。
あると思います。私は習志野市には、職住近接型のコンパクトシティーになれる条件がかなりそろっていると感じています。仕事、暮らし、学び、交流が徒歩圏や自転車圏の中でつながっていく。移動に使う時間やエネルギーが減れば、その分だけ家族と過ごす時間や地域とのつながりに使える余白も増えます。
しかも習志野市は、都会すぎず、田舎すぎず、規模感がちょうどいい。物事を決めるにしても、顔の見える範囲で連携しやすいサイズ感があります。だから、絵空事としてのコンパクトシティーではなく、現実的な目標として描けるんじゃないかと思っています。
――どんな姿が理想ですか。
習志野市で生まれた人が、この地域で育ち、この地域で学び、この地域で活動していく。いわば「人材の地産地消」のような循環ですね。わざわざ都心に出なくても、この地域の中で自分らしく暮らせる。それが実現できれば、とても強い街になると思います。
もちろん、全員が地元に残るべきだという話ではありません。でも、地域の中に選択肢が見えることは大事です。外へ出ることだけが正解ではなくて、「ここにも自分の居場所がある」と思えることが、街の力につながるんじゃないでしょうか。

――教育の面でも、その循環は大事になりそうです。
そう思います。高校生になって初めて進路として大学を意識するのではなく、小学生や中学生のうちから大学のキャンパスに来てもらって、「地元にこういう大学があるんだ」「こういう先生がいるんだ」と感じてもらうことが大事だと思っています。
高大連携だけではなくて、小中高大がゆるやかにつながっていくイメージですね。地元にある学びの場を早い段階から知っていることは、その後の進路選択にも影響すると思います。
それに、学校も企業も、偏差値や人気ランキングだけで選ばれるのではなく、自分が何をやりたいのか、自分に合う「場」はどこなのかで選べた方がいい。まちづくりも同じで、人が集まる場があるから、そこで関係が生まれて、何かが始まる。結局、地域の未来は「場」づくりに懸かっていると思っています。
東邦大学 建学の精神
――朝倉さんが感じる、習志野市の魅力はどこにありますか。
やっぱり、ちょうどいい規模感ですね。都会すぎず、田舎すぎず、人の顔が見える距離感がある。私は飲み食いが好きなんですが、いろいろな店に行く中で友達が増えて、「このことならあの人に聞けばいい」と思える人が地域の中に増えていくんです。そういう関係ができるのは、この地域の大きな魅力だと思います。
住んでいる場所だけでなく、関わる場所として習志野や船橋に愛着を持てる人は多いんじゃないでしょうか。店や人を通じて、地域との接点が自然に増えていく感じがあります。
――一方で、課題や今後への期待はありますか。
下地はかなりできていると思います。市民発のイベントもありますし、地域のために手弁当で動いている人もたくさんいます。そういう人たちは確実に増えているし、拠点も少しずつ育ってきている。だから悲観しているわけではありません。
その上で言えば、その空気や熱量が街全体にもう一段広がっていくと、さらに面白くなると思います。さっきの0.1%の壁ともつながりますが、一部の人だけが盛り上がるのではなく、「なんかこの街、面白そうだな」と感じる人が、もう少し増えていくといいですよね。
それから、街の魅力を一つの物差しで競う必要はないとも思っています。住みたい街ランキングのような見方もありますが、もっと「この街はこういう特色があるよねと言える方が大事ではないでしょうか。習志野ならではのカラーを明確にし、そこに共感した人が集まる。そういう街のあり方の方が、多様性があって面白いと思うんです。

――最後に、習志野市へのメッセージをお願いします。
せっかく「音楽のまち」を掲げているので、そこはもっとエッジが立ってもいいと思います。小さなライブハウスや音楽バーがあり、街角で演奏が聴こえるなど、歩いていると「この街には音楽の気配があるな」と感じられるようになると、とても面白いですよね。
私は演奏する方は全然だめなんですが、聴くのは大好きなんです。だから、ちょっと音楽の匂いが増えるだけでも、街の印象って変わると思います。習志野高校の存在もそうですし、「音楽のまち」と言える土壌はもともとある。後は、それをどう見える形にしていくかなんじゃないでしょうか。
環境も教育もまちづくりも、結局は人が自然につながることから始まると思っています。固い制度だけでは届かない人にも、音楽やイベントや日常の場を通じて、街との関わり方を増やしていける。習志野には、その可能性がもう十分にあると思いますし、だから、絵空事としてのコンパクトシティーではなく、実現的な目標として描けるのではないかと思っています。そして市でもそれに向けた取り組みを進めています。
