習志野で活動する人の横顔や思いを伝える連載企画「それいけ!習志野」。
今回話を聞いたのは、習志野商店会連合会の事務局長を務める竹内昌子さん。商店会の活動支援やイベント運営のサポート、商店会同士の連携づくりなど、普段は表に出にくいところで、習志野市の商業と地域活動を支えている。
浅草で生まれ育ち、1990(平成2)年に習志野市へ。子育て、仕事、地域活動を重ねる中で、いつしか習志野市は「住めば都」から「ふるさと」になったという。商店会の役割、まちゼミへの思い、これからの習志野市に期待することについて聞いた。
竹内昌子さん
―――まず、これまでの歩みを教えてください。
竹内さん: 生まれ育ちは浅草です。浅草寺幼稚園、浅草小学校、蔵前中学校と、本当にどっぷり浅草で育ちました。高校を出てからは、18歳でヤマト運輸に入りました。配属は芝浦支店です。今でこそいろいろな建物がありますけど、当時の芝浦は倉庫が多い場所でしたね。
習志野に来たのは、習志野に来たくて来たというより、たまたま谷津パークタウンの抽選に当たったのがきっかけです。その時、妊娠9カ月で引っ越してきて、3日後に長女が生まれました。だから、習志野に来たのと子育てが始まったのが、ほとんど同時なんです。
竹内さん 3歳の頃―――浅草から習志野へ。住んでみてどうでしたか。
竹内さん: 最初は縁もゆかりもない場所でしたけど、住めば都ですね。ここで子育てもしたし、バレーボールもしたし、友達もたくさんできました。今では浅草より習志野に住んでいる時間の方が長くなりました。
もちろん浅草にも愛着はあります。でも習志野は、すっかり自分のふるさとのような場所になりました。まちの規模も大きすぎず、こぢんまりしていて、人と人の距離が近い。そういうところがいいなと思います。
―――習志野商店会連合会に入ったきっかけは。
竹内さん: 子どもが4人いて、子育てをしながら働いていました。その後、家族の介護もあって、働き方を変えなければいけない時期があったんです。そこで仕事を探していた時、谷津駅近くにあったパートサテライトで「商店会連合会」という仕事を見つけました。
最初は「ここは何をするところなんだろう」という感じでした。しかも期間限定の仕事だったんです。だから、「そこに入れば次につながるかな」くらいの軽い気持ちでした。当時時給も850円くらいだったと思います。それが、気がつけば今につながっています。
―――商店会連合会の仕事は、どのようなものですか。
竹内さん: 一言で言うと、商店街や商店会(商店街の中にある店舗の店主たちが集まって結成した組織)の活動を支える仕事です。イベントの手伝いもありますし、商店会の書類作成や手続きのサポートもあります。法人になっている商店会では、役員改選の時に法務局へ届け出を出す必要がある場合もあって、そうした事務的な部分も手伝いしています。
それから、看板事業(収益事業)やホームページ「ショップランドならしの」の運営などもあります。商店会の仕事というと、イベントや祭りのような表に見える部分を想像されることが多いと思いますが、実際にはその裏側で必要な準備や調整がたくさんあります。
―――習志野商店会連合会ならではの特徴はありますか。
竹内さん: 商店会連合会は、商工会議所の中にある地域も多いんです。独立した事務所を持っているところは珍しいと聞いています。千葉県内では、柏と習志野くらいではないかと言われたこともあります。
習志野の場合は、独自の事業も行いながら運営しています。もちろん習志野市からの補助も頂いていますが、自分たちでも事業を行いながら、商店会の活動を支えているところは特徴かもしれません。
―――高齢化など、商店会を取り巻く課題もありますね。
竹内さん: そうですね。商店会だけでイベントを行うのが難しくなっているところもあります。そこで、商店会連合会には「サポートクラブ」という仕組みがあります。イベントの時だけ手伝いに来てくれる人たちに登録してもらって、必要な時に力を貸してもらうんです。
商店会の役員たちも高齢化していますし、昔のように全部を自分たちだけでやるのは大変です。だから、地域の人に関わってもらいながら続けていく仕組みは、とても大事だと思います。今は地元の町会と一緒にイベントを行っている商店会も増えました。
―――竹内さんが、この仕事で大切にしていることは何ですか。
竹内さん: 「商店会に入って良かった」と思ってもらえるような団体にしたいんです。商店会に入っているから、この人とつながれた。活動に参加したから、こんな広がりができた。そう思ってもらえることが大事だと思っています。
私自身も、ここに入ったおかげで本当にいろいろな人とつながることができました。街を歩いていても、知っている人が声を掛けてくれる。こちらからも声を掛けられる。そういう関係ができるのは、地域で働く面白さですよね。商店会連合会の仕事は、人と人をつなぐ仕事なのかなと思っています。
―――今後、特に力を入れたい事業はありますか。
竹内さん: 「ナラシドまちゼミ」です。今は実行委員会に担ってもらっている部分もありますが、今後は商店会連合会の事業として、しっかり位置付けていければと考えています。
まちゼミは、店の人が講師になって、専門知識や暮らしに役立つことを市民の皆さんに伝える取り組みです。店にとっても、市民にとっても、街にとっても良い、三方よしの事業だと思います。ただ、1回やっただけですぐ成果が出るものではありません。続けることで、店を知ってもらい、店同士もつながっていく。そこを大事にしたいです。

―――個店の参加を増やしていきたいという思いもあるそうですね。
はい。今は、ほかの地域のまちゼミと比べると、実店舗の参加がまだ多くないと感じています。せっかく市内には魅力のある店がたくさんありますから、もっと参加してもらえるようにしたいです。
店の人にとっては、準備も必要ですし、最初は少しハードルが高く感じるかもしれません。でも、自分の店のことを知ってもらう機会になりますし、参加した店同士のつながりも生まれます。続けていくことで、習志野らしい「まちゼミ」になっていけばいいですね。
―――竹内さんが思う、習志野の好きなところは。
やっぱり人がいいところです。観光地がたくさんあるわけではないかもしれませんが、海が近いのも好きです。(海浜霊園へお墓参りに)海の方へ行くこともありますし、孫たちが来ると「どこへ行く?」と聞いた時に、やっぱり海になるんです。
後は、オービックシーガルズも好きになりました。手伝いをしているうちに、自然と応援するようになりました。歩いて行ける場所にそういうチームがあるのも、習志野らしい魅力だと思います。

―――これからの習志野に期待することはありますか。
竹内さん: 習志野は住みやすいまちですし、人もいい。ただ、少し一歩踏み出すのが慎重なところもあるのかなと思うことがあります。「ほかの様子を見てから」という感じになることもあるので、習志野独自の新しいことにもう少し挑戦してもいいのではないかなと。
以前、モリシアにアニメイト(現在はイオンモール津田沼ノース)があったり、市民祭りでコスプレを取り入れたりしたこともありましたよね。賛否はあると思いますが、何かの中心地になるような取り組みがあっても面白いと思います。ロケ地としても、海があり、交通の便も良いので可能性はあるのではないでしょうか。
―――商店会や地域活動に関心がある人へ、伝えたいことは。
竹内さん: ぜひ、いろいろなことをまず始めてみたらどうでしょうか。商店会に入る、地元の活動に参加してみる。もちろん、やらなければならないことも増えるかもしれません。でも、PTA活動などもそうですが、やってみると得るものがあります。
人とつながることは、すぐに目に見える成果になるとは限りません。でも、後から「あの時参加して良かった」と思えることがある。商店会の活動も、そういうものだと思います。
―――商店会連合会として、これからどんな姿を目指したいですか。
竹内さん: 新しくなった商店会長もいますし、少しずつ世代交代の時期に入っていると思います。私自身も今年で64歳になりますし、次の世代に譲っていく準備をしていかなければいけないと感じています。
今は手続きもどんどんデジタル化しています。GビズIDや電子申請など、私一人では難しいことも増えてきました。そういうことをすっとできる人たちに、事務局も少しずつ渡していく必要があるのかもしれません。
ただ、変わっていく中でも大事にしたいのは、人と人をつなぐことです。習志野には人の良さがあります。その人たちをつなぎながら、商店会の活動を続けていきたいですね。

浅草で育ち、習志野で子育てをし、地域の人たちと出会いながら、竹内さんは地域の商店会を支える立場になった。
商店会の活動は、店の前だけで完結するものではない。イベントの準備、書類の作成、人手の確保、情報発信、そして何より人と人との関係づくり。その一つ一つを積み重ねることで、街のにぎわいは支えられている。
「商店会に入ってよかった」と思える人を増やしたい。竹内さんの言葉には、長く地域に関わってきた人ならではの実感がある。
「住めば都」から、ふるさとへ。
習志野の商店会を今日もそっと支える人たちがいる。